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沖ゼミブログ

2018.8.10

杯盤狼藉(はいばんろうぜき)、宴のあと

沖縄校英語科の松本です。
今回は、とっちらかった感じでまいります。


夏目漱石の「彼岸過迄」という作品の中に、こんなセリフが登場します。

「君、教育は一種の権利かと思っていたら全く一種の束縛だね。いくら学校を卒業したって食うに困るようじゃ何の権利かこれ有らんやだ。それじゃ位地はどうでも可いから思う存分勝手な真似をして構わないかというと、矢っ張り構うからね。厭に人を束縛するよ教育が」
(注:文中の「位地」とは、社会的地位のこと)

簡単に言えば
「就職できずにフラフラしてたらバカにされた。ハーバード卒のくせにとか言うなや。どないせえっちゅうねん。」
みたいな感じです。

大学は、アウトプットの為の情報をインプットする場所です。
それを手に入れる為の基本的手段が、大学受験です。

しかし、知識や情報は仕入れただけでは使えません。

しかも、今ある仕事はどんどん人工知能(AI : artificial intelligence)に取って代わられます。

そこで、人間にしか読み取れない「空気感」や「感情の機微」といった側面にアプローチするために、仕入れた知識の融合が役立ちます。

だから、「この情報は何に活かせそうか?」と考える習慣が大切ですね。
その先に、今はまだ存在しない仕事の創造があります。
実際のところは、「興味関心を突き詰めたら結果として今までにない仕事が出来上がった」が正しいと思いますが。

そして、これだと思ったら、一心不乱に突き進みましょう。いつか突き抜けます。


ところで、三島由紀夫の「宴のあと」に、こんな一節がありました。

一旦心に念じたことは必ず実現するという彼女の理不尽な確信が、これほど来る日も来る日も心の唯一の支えになったことはない。」

現代社会を取っている高校生は、「宴のあと」をぜひ一度読んでみて下さい。
「プライバシー裁判」または「宴のあと裁判」でおなじみですね。

関係ないですが、この作品でモデルとなった元外務大臣の有田八郎氏は、僕の遠い親戚です。
確かに親戚のあの人と顔がそっくりだわ(笑)
うん、実にまとまりがない。
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