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沖ゼミブログ

2019.1.31

世界史にも目を向けて

英語と社会を担当している小田島です。センター試験が終わり、現時点で、悲喜こもごもの状態が受験生たちみられるこの頃です。今年は、英国社の文系科目が簡単になったようで、合格ラインのボーダーが上がる傾向になっているようです。英語の問題を解いたり、地理や政治経済、現代社会の問題に目を通してみると、なんと世界史の知識の多いことか、と驚きます。そこで、今回は、身近なことに関連した世界史上の有名人を何人か紹介しましょう。

今から100年前に突如現れ、女性たちをファッションの観点から解放し、社会進出の先駆けを創造した、ココシャネルという人物がいます。勿論、本名ではありませんが、皆さんもシャネルというブランドで知っているでしょう。彼女は、1883年に生まれ、早くに両親をなくし、孤児院で育ちました。お針子の修行をしながらも、人一倍独立心が強かったようです。しかし、スポンサーがいなければ世の中には認めてはもらえません。そこで、彼女は生来の美貌と性格を活かして、フランス人男性の庇護をうけながら新たなファッションを発表し、西欧諸国にセンセイションを巻き起こしました。当時、女性たちが身につけていたコルセットとロングスカートのドレスを駆逐して、上流階級の男性たちが身につけていた、ゆったりとしたホワイトシャツ(後のYシャツ)をアレンジし、スカートの丈も膝下ぐらいにまで短くしたのでした。第一次世界大戦だけで、八百万人以上の男性たちが亡くなっていたので女性たちの労働や社会進出は必要不可欠になっていたので、1920年代にシャネルのファッションは社会に受け入れられ2000年代の現代にも繋がっているのです。第二次世界大戦の最中には、敵国ドイツ人将校の愛人になってしたたかに生き延びました。しかし、戦後、そのことで一時社会から批判を受け消えることになるのですが、1960年代ごろから颯爽と脚光を浴び、その地位を不動のものにしながら1971年に波乱の生涯をおえました。

もう一人紹介しましょう。同じく第一次世界大戦の最中に日本の捕虜となって日本の広島に連れてこられたドイツ菓子を広めた人物です。日本初のバウムクーヘンを作ったカールユーハイムはもともと、当時の中華民国の山東半島青島(チンタオ)で菓子店を経営していたですが、ドイツの植民地になっていたのを日本軍が占領し、ユーハイムは広島の収容所に連行されました。戦後の1919年にドイツ作品展示会にバウムクーヘンを出品し好評を得て、1921年に横浜にドイツ菓子店、1923年の関東大震災後に神戸に移転してから本格的に洋菓子を普及したのでした。その頃にドイツの文化、例えば、サッカーやブラスバンドなども伝わったといわれています。

 

14:24 | 那覇本校
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